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[観光]B-52戦勝博物館【第5回目】

ベトナム旅行ハノイ観光(その57)「日本軍の北部仏印進駐ですね」強制労働「解説には物乞いと書いてある…」【雑談(「ベトナム航空戦」より抜粋)】1969年の春、米軍の南ベトナムからの撤退は順調に行われていた。この時期になると、米軍の残留地上部隊および南ベトナム軍の安全を確保できるものとして頼れるものは、航空戦力だけであった。南ベトナムの世論は、米軍の撤退に強く反対していた。なぜなら米空軍の支援のない南ベ...

[観光]B-52戦勝博物館【第4回目】

ベトナム旅行ハノイ観光(その56)…建物のなかに「この黄金色が新興宗教の装飾をイメージさせるのは、私の偏見だろうか…」前衛芸術??「ボタンのポチポチは苦手ですにゃ~」【雑談(「ベトナム航空戦」より抜粋)】1965年ウェストモーランド(1964年~1968年米南ベトナム援助軍司令官)は、北ベトナム軍とベトコンが第三軍区に対する攻撃準備のため使用しているカンボジアの根拠地攻撃にB-52を使用できるよう許可を求めていた。こ...

[観光]B-52戦勝博物館【第3回目】

ベトナム旅行ハノイ観光(その55)「昨日も博物館で見かけたMig-21だぞ~」「良い眺めですにゃ~」【雑談(「ベトナム航空戦」より抜粋)】B-52に対する支援作戦は、戦術攻撃隊に対する支援作戦よりも遙かに困難なもので、その戦術・戦法を編み出すことは、指揮官にとっては難題のひとつであった。海外旅行ランキング...

[観光]B-52戦勝博物館【第2回目】

ベトナム旅行ハノイ観光(その54)「ギガントの残骸ですにゃ~」「違う!!」ギガント(画像検索より)(画像検索より)「尾翼がギガントぽいですね~」「エンジンがギガントを連想させる…」◎ 参考(You Tubeより)【雑談(「ベトナム航空戦」より抜粋)】B-52はF-4程の速度を出せないので、まずできるだけECM装置を搭載し、そのうえ支援部隊に援護されながら、北の強固な防衛網を突破して攻撃作戦を行わねばならなかった。海外...

[観光]B-52戦勝博物館【第1回目】

ベトナム旅行ハノイ観光(その53)Grabタクシーで目的地に到着B-52戦勝博物館いろいろ気になるものが…「未来少年コナンに登場する『ギガント』の残骸ですかにゃ~??」「ニャン太、いまどきは通用しないネタだと思う…懐かしいと思う世代がこの記事を見ていない限り」「昨日に続いて今日もミサイル」【雑談(「ベトナム航空戦」より抜粋)】1972年4月に行ったB-52によるタン・ホア爆撃に対する北ベトナムのSAMの応戦から我々が学...

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プロフィール

空軍少尉エルザ

Author:空軍少尉エルザ
重度のヲタです。

「​やおい」が微妙にブレンドされています。

キャラとしては空軍少尉。
戦闘美少女。
教官クラスのエース級。
そして未亡人。

Twitter→
Reiki@reiki1003

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